☆りんふろらいぶらりぃ☆

 ■わたしの中の神話//カシム募金組合

 

※クリアまでネタバレです。
※ニニアンとフロリーナちゃんが支援Aになる過程をリンが一人称で語ってます。
※でも最終的にはリンフロです。
※暗いリンでもいいという方はどうぞ(何)。

 

 

 フロリーナは、いつもは風にひらめかせている髪を、後ろに乗るわたしのために一つにまとめていた。
 眼下に広がる景色は純白。
 どこまでも白い、イリアの大地。
 わたしたちは、イリアで一番高い山…氷竜の山に向かって天馬を駆っていた。
 こんなに長い距離をふたりで飛ぶのは、そう何回も経験していない。
 戦場では、乗せてもらって川や山を越えたこともあるけれど、いままででいちばん長い間ヒューイに乗って飛んだのは、まだ仲良くなって間もない頃、フロリーナの家に招かれたときだろう。
 あのときのフロリーナの馬術は、ヒューイが馬ではなく天馬であることや、わたしが馬術が苦手であることをさしひいても、あまり上手ではなかった。
 思えば、ヒューイもフロリーナも、もう一人ひとを乗せて飛ぶというのははじめての経験だったのかもしれないが…上下左右にふらふらと揺れて、怖かったし、気分が悪くなってしまった。
 けれど、今こうして身を委ねている空の旅は、とても快適だ。
 天馬騎士は、鳥のように風を読む。
 フロリーナも、それに長けた、一人前の天馬騎士になったということだろう。
「ね、フロリーナ」
「なあに?」
「上手になったね、飛ぶの」
 ちょっとからかうような口調で言ってやると、フロリーナは「もうっ」と肩越しに睨みつけてきた。
 その様子もかわいくて、わたしは少し笑う。
 フロリーナも、少し恥ずかしそうに笑った。

 フロリーナは、強くなった。
 わたしはもう、フロリーナを守る必要はないんだ。

 腕をまわしたフロリーナの腰は昔のまま細くて、しなやかで、わたしは急に切なくなった。
 草原に帰るわたしと共に、フロリーナはキアランの傭兵を辞めた。
 イリアに帰り、天馬騎士団に入るから、と彼女は言った。
 わたしはまだ、これからどうするか決めていない。
 わたしが持っている財産は、この剣の腕だけ。
 当面は傭兵か剣闘士として身を立てるしかないだろう。
 ここからのわたしたちの道は、とうとう別れ別れになる。
 わたしには、フロリーナに、ずっとそばにいてくれと言う権利などない。
 愛しくても。
 わたしはそっと、フロリーナに身を寄せた。
「リン?」
「…ちょっと、寒くて」
「そう?じゃあ、もうすこし遅く飛ぶね」
 多分、この旅が最後。
 わたしの初恋は終わる。
 フロリーナ、あなたはわたしの女神だった。
 これまでも。そしてこれからも。


 肩に、小鳥がとまる。
 そんなひとを、見たことがあるだろうか。
 わたしはある。この世でただ、ふたりだけ。


「今日ね、ニニアンさんとお話ししたんです。なんだかとっても話しやすくて…お友達になれたらいいな」
 毛布にもぐりながら、フロリーナがにこにこと話してくれたのをよく覚えている。
 フロリーナは、控えめだけれど、女の子とは普通に話せる(なじみのキアランの騎士たちとなら、男性でもかなり普通に話せるが)。
 おっとりしているけれど、とても優しくて、可愛らしくて…彼女と知り合って、友達にしたくないと思う女の子なんていないのではないか、とわたしは思う。
 でもフロリーナ自身はそう思っていないので、実際わたしから見ると『友達』に見える相手でも、よく『友達になれたらいいな』『仲良くしたいな』とこぼした。
「なれるわよ。あなたが話しやすいって感じているなら、相手もそう思っているはずよ」
「そうかなあ」
「そうよ。通じてないようで…意外と気持ちは通じているものよ」
「だったら、いいな…」
 毛布にくるまって、あたたかそうに微笑むフロリーナを見ていると、胸のあたりが暖かくなって、涙が込み上げてきてしまう。
 わたしは、花を愛でるように彼女の髪を撫でた。
「もうおやすみなさい。明日も早いから…」
 彼女はその微笑をわたしに向け、「おやすみなさい」と言った。
「いい夢を…」
 わたしは目を閉じた彼女の額にくちづけを落とした。


 小鳥が、フロリーナの肩にとまる。
 それを見たのはいつだったろう。
 随分昔のことのような気がする。
 たしか、出会って最初の夏のころ、サカとイリアの国境あたりの森だった。

 ひだまりの森を見たことがあるだろうか。
 それはそれのみで、神聖なほど美しい。
 木陰からひだまりを見やるとき、そこにはなにか聖なるものがいて、希望を授けてくれるような気がする。
 闇の中から手を伸ばす自分は、永遠にたどり着けないような気さえする。
 けれどそれはそこにあって、何歩か歩けば自分も光の中の住人となる。
 そしてそれは、そこに奇跡が待っているわけではないことの証明ともなる。

 でも、それは奇跡に見えた。

 羽根を休める天馬に身をあずけ、彼女は上を見上げていた。
 風が揺らすその髪は、光の中に溶けてしまいそうだった。
 彼女はうすい微笑をうかべ、舞うような手つきで、その白い手をのばした。
 指先に、白い小鳥が舞い降りる。
 彼女はその手を顔の前に寄せる。
 小鳥はなにごとかつぶやきながら、彼女にくちづけをした。

「あっ…」

 小鳥は飛び去った。
 わたしが無粋な物音をたててしまったから。
 けれど、わたしはそこへ行きたかった。
 彼女の指にとまる小鳥になりたかった。

「リン」

 彼女が立ち上がる
 動き全てが、薫るようだ。
 暗い森からあたたかな光の中へ。
 その数歩が、とても長く、長く感じられた。

「フロリーナ」

 少しかすれたような、妙な声だった。
 自分が光の中に立っても、目の前の光景はまだ輝いているようだった。
 彼女は微笑む。
 鳥が舞い降り、彼女の肩にとまった。


「あのね、リンディス様の言うとおりだったんです!」
 剣の手入れをしているときだったか。
 わたしのそばにちょこんと座って、にこにこしながら話すフロリーナ。
 よく覚えている。
「ニニアンさんね、私と話すの、話しやすいって言ってくれたんです!」
 わたしは「ね?」と笑った。
 フロリーナも「はい!」と笑った。
「それでね、ニニアンさんはね、なんとイリアの出身でね…」
 フロリーナが嬉しそうに話すと、わたしも笑顔になる。
 彼女にこんな笑顔をくれたニニアンに感謝した。
 どうかフロリーナを喜ばせてあげてね。
 そして、たまにはふたりの間で、わたしの話題が出たりしたらうれしいな。
 素直なフロリーナのことだから、つい話に出てしまったりしないだろうか。
 少しだけ期待しながら、わたしはフロリーナの笑顔に酔った。


 肩に、小鳥がとまる。
 あれはいつのことだったか。
 戦いに次ぐ戦いで、いつのことか定かではない。
 不機嫌なヘクトルをエリウッドがなだめていたのはあの日だろうか。
 黒い牙のアジトを潰した後だったろう。
 通りがかった天幕の裏に、木陰があった。
 そこにひっそりとたたずむ、ペガサスと、ふたつの影を見とめた。

「今からずっと昔、イリアには氷の竜がいたんです」
 フロリーナの声だった。
 わたしと話すときよりもずっと控えめな声。
 でも、どこか、はっきりと、強い。
「心の優しい竜は、雪に苦しむイリアの人たちを助けてくれました。でも、人と竜の戦いが始まって……優しい竜は、人を傷つけたくなくて、どこかに行ってしまうんです」
 わたしもフロリーナに聞いたことがある話だった。
 なぜ、竜は竜と共にあらねばならないのかと思った。
 争いたくない竜もいる。戦うことを選ばない人がいるように。
 それでも、国と国とが争うとき、敵味方分け隔てなく癒した者がいたとしても、それは敵国にとってはただの敵、そして味方にとってはただの裏切り者。
 なぜ、自分で選んだわけでもない肩書きを背負わされるのか。
 なぜ、そっとしておいてくれないのか。
 でもね、と、フロリーナは苦笑した。
 誰も一人じゃ、生きていけないから…。
 そのとき、自分がひどく子どもじみたことを言っている気がして、とても恥ずかしかったことを、覚えている。
「私が小さいときに、お姉ちゃんから聞いたおとぎ話です」
 フロリーナは続けた。
「今でも、年に一度、山にお供え物をするんですよ。私、小さい頃その氷竜様に会いたくて、寒いのガマンして、一晩ずっと待ってたりしてました。結局、朝になっても氷竜さまは現れなくて、風邪で寝込んで、お姉ちゃんに心配かけちゃったけど…」
 てへ、とフロリーナが苦笑した。
「…そうだったのですか」
 ニニアンの声だった。
 ニニアン…彼女とはふたりきりで話したことはない。
 けれど、ふだんよりもずっと、はっきりとした声に思える。
 彼女が驚いていたからだろうか。
「フロリーナさんは…その竜が怖くはないのですか?」
 ニニアンが問う。なんとなく、すがるような響き。
「竜は人を襲う、恐ろしい生き物…人とはまったく異なる種族なのでしょう?」
 おののくような…そんな調子だった。
 ニニアンも竜が怖いのだろうか。
 人が竜を恐ろしいと思うのは普通のことだが。
 けれど、フロリーナは落ち着いた声で答えた。
「そんなことないです」
 どきん、と、心臓が鳴った。
「私とこの子だって…もともと違う種族ですから」
「その…ペガサスのことですか…?」
 ペガサス…ヒューイが鼻を鳴らした。
 くすくす…とフロリーナの笑う声がする。
「ペガサスはみんな気が弱くて、すごく人見知りするんです。私もすごく、引っ込み思案だから…最初は、私もこの子も相手のこと怖がって、なかなかうまくいかなかったんです」
 多分フロリーナがヒューイを撫でているのだろう。
 ヒューイの羽根が少しだけ音を立てる。
「でも、いっしょに遊んだり、いっしょに水浴びしたりして…そのうち、相手のことがわかるようになって…そうやって、私たち、友達になったんです」
 フロリーナの声は、いつものように鈴が鳴るように美しいけれど、今はとても落ち着いていた。
 そして、フロリーナは言い切った。
「だから、たとえ姿かたちが違ってても…きっと、仲良くなれると思います」
 あの瞳が晴れ晴れと、まっすぐにニニアンに注がれているのを想像する。
 わたしは…わたしだったら、目をそらしてしまいそうだ。
 勇気あるフロリーナ。
 崇高なフロリーナ。
 わたしの…わたしの憧れ。
「そうですか…」
 ニニアンの声は少し震えていた。
「ええ…きっと、そうですね」
 嬉しいのだろうか。泣いているのだろうか。
「フロリーナさんならきっと、仲良くなれると思います…」
 ニニアンは泣いていた。
 静かに。
 フロリーナが不器用な手つきでハンカチを取り出し、涙を拭いてやろうとする。
 ニニアンは泣きながら微笑んで、それを受け取った。
 しばらくしてニニアンは、目を閉じ、空に向かって大きく息を吸い込んだ。
 ゆっくりと、それを吐き出す。
 言葉はなかった。
 ふたりは微笑みあった。
 ふと、ふわりと、ニニアンの肩に鳥が舞い降りた。
 彼女たちはそれがいかにも自然であるように、驚きもせず、また微笑んだ。
 わたしは足を踏み出してはいけない。
 神話のなかに、彼女たちはいた。


 わたしはあの夜、フロリーナを、泣き疲れて眠るまでずっと、抱きしめいた。
 打ちひしがれたエリウッド。その目。
 彼は泣くこともままならないのだろう。
 彼にとって、彼女が竜であったことなど、何も意味はない。
 だが同時に、竜であったから、それは起こった。
 エリウッドの、その手が、ニニアンを殺してしまったのだから。
 フロリーナにとっても、ニニアンが竜であったことなど何の意味もない。
 ただ、友であった。
 エリウッドの負った傷を癒す者は、そのために全てを捧げられなければならない。
 わたしはフロリーナを抱きしめる。
 エリウッドを痛々しく思っても、なぐさめの言葉をかけることはできない。
 わたしが身を捧げて癒すべき傷は、ここにある。
 わたしはフロリーナを抱きしめて、目を閉じた。


 フロリーナがその小さな身体で、重そうな槍を一生懸命扱っていたのを覚えている。
 誰も、悲しみにくれる余裕なんてなかった。
 わたしたちは歯を食いしばって、竜の門へと走った。
 同じ顔をしたモルフの兵士達を山ほど切り捨てて、わたしたちはたどり着いた。
 フロリーナは槍を高く構え、ヒューイを疾駆させた。
 ヒューイと並んで、わたしも走った。
 ネルガル、おまえを許さない。
 手なじんだ神剣が躍動する。
「大切なものを奪われたら、復讐をするのよ」
 戦いの前にわたしがフロリーナに言った言葉。
 そのとき彼女はうなづいたのに、どうしてそんなにつらそうな顔をしているの?
 斬りつけたネルガルの身体は他の人間と変わらなかった。
 血も同じように赤かった。
 けれどわたしはためらったりはしない。
 罪は裁かれなければならないの。罪人は苦しまなければならないの。
 こんなに赤い血が流れている。
 あなたを、人間に戻してあげる。


 見開かれたフロリーナの瞳から、涙がこぼれた。
「ニニアンさん…!」
 息といっしょにやっと吐き出された名前。
 そこに立っていたのは、失ったはずのニニアンその人だった。
 彼女がすべるように前に進み出て、両の手を火竜たちに広げた。
 火竜たちの命が冷たく、凍りつく。
 砕け散った竜たちに、ニニアンは何度も謝った。
 それから、ニニアンが崩れ落ちる。
 エリウッドが助け起こし、ニルスが寄り添う。
 それから黒衣のひと…ブラミモンドが彼女を抱き上げ、消えた。
 あとにはニニアンがしとめ損ねた火竜が一匹、哀しげな雄たけびをあげてそこにいた。
「ニニアンさん…生きてた…ねえ、リン、生きてたよ…!」
 フロリーナが槍を抱きしめて泣いている。
 リン…久しぶりに呼ばれたな。
 火竜からの吹き飛ばされそうな圧迫感は変わらないけれど、つい、微笑がこぼれた。
「そうね…あとでいっぱいお話しなさいね。大変だったんだから」
 不思議と、天幕で剣の手入れしているときのように、わたしの心は平穏だった。幸福だった。
 フロリーナがわたしの名を呼んで微笑むから。
「でも、その前に…」
 前を見据えた。
 最後に残った火竜が咆える。
 ごめんなさい。あなたたちが悪いわけではないのに。
 ニニアンの言葉が胸に残る。
 わたしは進み出た。
 すると、フロリーナも、ヒューイを繰ってついてきた。
「フロリーナ?」
「わたしも、戦う。リン、動物を殺すの、嫌いじゃない」
「フロリーナのほうが嫌いじゃない」
 フロリーナは笑った。
「うん、きらい。だから、いっしょにしよう?」
 わたしも笑った。
「うん、そうね」


 言葉を交わす余裕なんてなかった。
 けれど、ニニアンは微笑んだ。
 フロリーナもまた、微笑んだ。
 ニニアンが竜の門の奥に消えてしまうまで、フロリーナがずっと、微笑んでいたのを覚えている。
 笑顔のままのフロリーナの頬に、雫が流れ落ちたことを、よく覚えている。


「もう少しよ、リン」
 フロリーナのはずむ声に、わたしは我に帰った。
 気付けば随分山肌近くまで来ていたようだ。
 もう背の高い木々はない。
 目を凝らすと、ただ白い山肌に、いくつものごつごつとした凹凸があるのがわかった。
 しばらく進むと、その中に、小さな黒い点があらわれた。
 その点を指差し、フロリーナが声をあげた。
「着いた!あの祠よ」
 フロリーナは祠近くの開けた場所にヒューイをゆっくり降下させた。
 上から見ても小さな祠だったが、今こうして目の前にしても、やはり小ぢんまりとしていて、とても竜のような大仰なものを祭っているようには思えなかった。
「ずいぶん小さいのね」
 正直に感想を述べると、フロリーナはにっこりと微笑んで、祠に目をやった。
「でも、今でもみんな、氷竜さまが好きよ」
 新雪を踏んで近づいていくと、彼女の言った意味がよくわかった。
 石を積み上げた神殿はわたしの背丈もなかったけれど、よく磨かれ、すべらかな光沢を保っていた。
 そしてなにより、今朝も降ったらしい雪が、きれいにはらわれていた。
 このおかげで、黒い屋根石が上空からでも容易に確認できたのだ。
「お祭りのとき以外にも、ここにお参りに来る人はいるのよ。今は雪が積もって見えないけれど、夏にはこのあたりは一面お花畑になるの…」
 うっとり、という調子でフロリーナが微笑む。
 …ニニアン。
 彼女のいる世界に、同じ花は咲いているだろうか。
 わたしはそっと、石柱に触れた。
「…ここで生まれたんだね」
 フロリーナがぽつり、とつぶやいた。
「…そうね」
 彼女の声を背中に受けながら、わたしもつぶやいた。
「夢、いっこ、かなったんだね。わたし、氷竜さまに会いたかったの。友達になりたかった」
 静かな声。
 ここで、小さなフロリーナは一晩中凍えて、ニニアンを待っていた。
「友達になれたよ…わたし、わたし…」
 わたしは振り向き、両手で顔をおおったフロリーナを、強引に抱きしめた。
「今でも、ニニアンはフロリーナの友達よ…」
 こんなに冷たくなって。
 抱きしめる腕に力が入る。
「もう会えなくても、ずっと、あなたのことを忘れない…」
 …わたしも、あなたを忘れない。忘れられない。
 フロリーナは嗚咽も上げず、ただ顔を覆っていた。
 彼女の髪を撫で、少しでも暖めようと身を寄せる。
 フロリーナ、やっぱりわたしは思ってしまう。
 なぜ、あなたが泣かなければならないの。
 なぜ、友と引き裂かれなければならないの。
 なぜ、この世界は、竜が住めないほど汚れてしまったの。
 なぜ、人と竜は戦ったの。
 わたしには、あなたを悲しませる、世界のほうが間違っている。
 あなたに笑っていて欲しい。そんな小さな願いさえ、ずっと叶え続けるのが難しい。
 そんな世界のほうが間違っている。
 ふっ…と、フロリーナが覆っていた手を下ろした。
 腕を緩めてやると、彼女と視線が交わった。
「ありがとう、リン…わたし、もう大丈夫」
 フロリーナが微笑む。
 清らかだけれど、無垢な者の清らかさではない。
「ニニアンさん、元気でいるといいな」
「……っ…」
 今度はわたしの目から、涙が零れ落ちた。
「…ごめんなさっ……」
 悲しいわけではない。同情でもない。
 ただ、わたしは、目の前の少女に感動していた。
「リン…」
 彼女の声が優しく、耳に届く。
「優しいね、リン……ありがとう」
 そんなんじゃない。
 わたしは優しくなんてない。
 ただ、あなたに優しくしたいだけ。
「リンは…リンは絶対、わたしの側に…いてね…」
 わたしは弾かれたように顔を上げた。
 ずっと待っていた言葉だった。
 わたしは涙に濡れた瞳をそのままに、彼女を見つめて、深く、頷いた。
 頬を辿り、わたしの涙を拭く指は、たどたどしくて不器用で、…フロリーナだった。
 その手を握り、頬を寄せ、わたしは目を閉じた。
 今なら伝えられる。言葉にできる。
 このひとの側にいたい。
 このひとに必要とされることが、わたしのすべて。
「わたしは…あなたのものよ。フロリーナ。決して、離れない」
 ゆっくりと瞳を開けた。
「離さないで」
 それは懇願だった。
 フロリーナにはそう聞こえなかったかもしれない。
 けれど、わたしはフロリーナの足にすがりつき、靴に口づけてもいい気分だった。
 フロリーナ。
 わたしの愛するひと。
 わたしの…支配者。
 けれど支配者は、これ以上なく嬉しげに、薫る唇をほころばせた。
「うん…!」
 
 わたしは忘れない。
 今、このときを。
 このくちづけを。
 

 
終わり

 

 

ニニアンとフロリーナちゃんが支援Aになったので、戦時下ではリンは告白したりチュウしたり押し倒したりできなかった…という設定で、告白とチュウまでを描いてみました。
フロリーナちゃんにベタボレしすぎてリンが壊れかかっているのは毎度のことかと思いますが、この話に至っては信仰&服従してしまっています。
片思いが長いとなりふりかまわなくなるのか…!?
でもニニアンとフロリーナちゃんの支援A会話(そのまんま引用してありますが)を見たときは、けっこう信仰に値する感じがしてしまいましたvv
しかし一人称のせいか、リンが必要以上に寡黙で自虐的で暗く…見えるのは気のせいです(苦し紛れ)

カシム募金組合

 

 

 
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