身支度を整えるためにしつらえられた鏡に、乱れていく少女たちの姿が写る。 貪るように唇を奪われながら、フロリーナは、鏡を見ずにはいられなかった。 鏡には、衣服をすべてはぎとられ、 目に涙をためながら唇を蹂躙される、自分。 けれど、彼女は見ずにはいられなかった。 そっと、自分を貪るけものの首に腕をまわす。 その首はしなやかで、その背は筋肉の盛り上がりで、 官能的ともいえる曲線を描いている。 フロリーナは、そのけものの背中から目をそらすことが出来なかった。 いつもはそれほど意識するほどではないのに、 その背中を指でなぞると、フロリーナの指は儚いほどに華奢にみえた。 けものは圧倒的な力で、彼女を鏡の向かいの壁に押し付けて、 抱きすくめて、放そうとしない。 フロリーナは指で、舌で、目で、全身で、けものの存在を感じた。 身体を這う、その、女にしては大きな、剣ダコのできた手のひらを、 惜しげもなく見せ付けた、その堅い曲線を描く肩を、 どんな業火からも彼女を守ってくれるつもりなのであろう、 たしかに女であるのに、寄りかかれるだけの頑強さを備えた、 その背中を。
出会った頃の彼女の背中と、 今フロリーナを抱くけものの背中。
あのころの明るい少女は、少女に会って、自らをけものへと変えることを決めた。
彼女を抱きすくめられるだけでよかった。 彼女をこの背でかばえるだけでよかった。 疲れたなら、ベッドへ運んであげられる、 それだけの力があればよかった。
ふつうの少女を愛したのなら、それだけでよかったのに。
望んで、戦場へ赴く、傭兵騎士。
彼女がその少女を愛するには その少女を守るには その少女を寝床へ運んでやるには 少年ほどの力では、とてもかなうものではなかったから。
あのころの明るい少女は、馬のたてがみをなでる優しいその手に、剣を握った。 やわらかな身体が、鞭のような筋肉に覆われるまで、少女は剣を振った。
やさしい、やさしい、リン。
私が普通の女の子だったらよかったのに。
「フロリーナ」
不意に唇を離し、リンはフロリーナの瞳を至近距離から覗き込んだ。
「遠い目、してる。何考えてたの?」
リンはうっとりと半眼で、フロリーナに切ないほどのな笑みを見せる。
「何にも考えないで」
ふと、涙がこぼれそうに見えた。
「私のこと以外、何も考えないで。何も見ないで」
倒れこむように、リンはフロリーナを抱きすくめた。
「フロリーナしか見えないの」
命をかけたような呟きが、フロリーナの耳元に吐きかけられた。
フロリーナの思考は、熱い吐息の中に溶けていった。
おしまい♪
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